東京高等裁判所 平成3年(ネ)3787号 判決
国民年金をはじめとする各種年金制度は昭和六〇年に大改正を受けたが、改正後の国民年金法(同年法律第三四号、以下「法」という。)によれば、二〇歳以上の日本国民は原則として国民年金に加入することが強制され、老齢基礎年金等の額も比較的低廉であり(四〇年加入の満額で年額六六万六〇〇〇円を基準とし物価にスライドする。法二七条等。)、受給権者が死亡したときは受給権は消滅し(法二九条)、遺族基礎年金は一八歳未満の子がいる場合の子と妻など特に要扶助状態の強い場合に限られている(例えば遺族が妻だけの場合は遺族基礎年金の支給はない。法三七条の二)。以上からすれば、国民年金は世帯の生活保障よりも個人の老齢後の生活保障を目的とした個人年金の色彩が強いものであると認められる。これらの国民年金の強制的かつ個人的な性格、年金の額や受給権が一身専属的な権利であって、遺族年金の制度も原則的には設けられていないことに加え、給付に要する費用の約三分の一は国庫が負担することとされていることなど(法八五条)を総合的にみるときは、国民年金・老齢基礎年金が基本とするところは、要するに、相互扶助の精神に基づき、受給権者本人の最低限の生活保障をすることにより、国民生活の安定をはかり、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とした社会福祉上の給付制度である(同法一、二条)と解せられる。その意味で、老齢基礎年金は全額が受給権者本人の生活費に充てられることを予定し、受給権者が年金によって生活を維持した後なおその余剰が蓄積されることは制度の建前として予定されていないといわざるを得ない。したがって、国民年金・老齢基礎年金の受給権の喪失については逸失利益性を認めることはできないというべきである。そして、以上のことは、被害者が受給していた旧国民年金法による老齢年金についても基本的にあてはまると考えられる。
もっとも、国民年金・老齢年金であっても、一定期間保険料を納入しなければ受給権は発生しないから、対価的要素が全くないとはいえないし、また、本件被害者のように他に収入がある場合には、老齢年金と他の収入を合算することにより事実上年金に余剰が生ずる場合もなくはないと認められる。しかし、年金における対価的要素の点は交通事故の損害賠償の算定上慰謝料等の面で配慮すれば十分であるし、また、年金の事実上の余剰部分については、他の収入に基づく逸失利益の算定の際、被害者が老齢年金を受給していたことの事実を生活費控除割合等の面で合理的に配慮することにより妥当な結果を得ることも十分可能であると考えられるのであって、これらの対価的要素などを考慮しても前記判断を左右するものではない。
(山下 高柳 豊田)